大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡高等裁判所 昭和35年(う)821号 判決

主文

本件各控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は、被告人等三名の連帯負担とする。

理由

本件各控訴の趣意は、記録に編綴してある弁護人坂本泰良名義、同弁護人及び弁護人諫山博連名々義、被告人上田一之及び同中村保各名義、並びに熊本地方検察庁八代支部検察官事務取扱検事原田重隆名義の各控訴趣意書に記載のとおりであり、検察官の控訴趣意に対する答弁は、弁護人坂本泰良及び同諫山博連名々義の答弁書に記載のとおりであるから、いずれもここに引用する。

坂本弁護人の控訴趣意第一点、坂本、諫山両弁護人連名の同趣意第一点、上田被告人及び中村被告人の各同趣意について。

論旨は、先ず、原判決は八代地区労働組合協議会(以下単に八代地区労と略称する。)傘下の各労働組合、職員組合の構成員と八代市内の商店経営者との間にあるチケツト制、組合指定等による購買関係を以て公職選挙法第二百二十五条第三号にいわゆる特殊の利害関係とし、被告人等がこれを利用して出水節三等を威迫した旨認定しているが、本件ビラの内容は特殊の利害関係を利用したものとはいい難く、又威迫の内容を含むものではない。ビラに掲げられた四項目の内第三、四項の内容はチケツト制、組合指定とは何等関係のないことでこれを利用しても特殊利害関係利用威迫罪に当らないこと明らかであり、第二項も特殊利害関係に当らず、特に幹部の商店と限定されているので一般商店とは関係がないから、特殊の利害関係を利用して業者を威迫したということはできない、第一項はチケツト販売制度の拒否ということであるが、八代地区労や日本社会党八代支部はチケツト販売制度とは何等関係がないから被告人等と選挙人たる出水節三外五十八名との間に特殊の利害関係なく、仮にこれありとするも、局外者たる被告人等にこれを存続させたり停止させたりすることは不可能である、又チケツト利用関係の拒否は、これを利用する購買者にとつては不利益となるが、商店経営者側には何等不利益とならないから特殊利害関係利用威迫罪に当らない。本件ビラの頒布は、中小企業政治連盟八代支部(以下単に中政連八代支部と略称する。)の労働者階級に対する敵対的態度を批判抗議してこれに警告し、自己の主張を八代市商店街の人達にうつたえ中政連八代支部の不当性を認識させようとしたものに過ぎないので、被告人等の正当な言論活動の範囲に属するものである。従つてこれを有罪とした原判決は、公職選挙法第二百二十五条第三号の解釈適用を誤つている、と主張するのである。

よつて記録を精査し、原判決挙示の証拠によつて窺われる諸事情を参酌して本件ビラの内容を考察するに、その要旨は第四項はとも角として、結局、洋服商出水節三外五十八名に対し、同人等が加入している中政連八代支部において八代市内出身の保守系特定候補を推せん決定したことを改めない限り、八代地区労傘下の労働組合、職員組合の構成員と各店との間に存するチケツト販売制度を拒否し特に中政連八代支部の幹部の店に対しては組合指定等の協力関係を今後停止し、別に新にデパートを含む組合協力店を作るというにあるものと解され、単に中政連八代支部の前記決定を批判抗議してこれに警告し、自己の主張を同市内の商店経営者等にうつたえ中政連八代支部の不当性を認識させようとしたに止まるものとは認められない。而して原判決挙示の証拠によると、チケツト制や組合指定等による購買関係は、単にこれを利用する購買者側の一方的利益に止まるものでなく、関係商店にとつても顧客の増加、代金回収の確実性等の利益あるものであるから、商店経営者の特殊の経済的利害関係ある事項であること明らかであり、これを拒否又は停止されることは、多少の差はあつても、関係商店の売上を減少させるなど不利益をもたらすこととなり、従つてこれを拒否又は停止すべき旨の予告は、商店経営者をして困惑不安の念を抱かしめるに足るものと認められる。尤も日本社会党八代支部及び八代地区労が右チケツト制組合指定等の直接当事者でないこと及び八代地区労が傘下の各組合を直接指揮し又はこれを拘束ないし強制する関係にあるものでないことは正に所論のとおりであるが、公職選挙法第二百二十五条第三号にいわゆる特殊の利害関係は、これを利用する者と威迫される者との間に存するものたることを要しないし、且つこれを利用する者において、その内容を実現する権能を有することを要するものでもない。しかし八代地区労は傘下の各組合に働きかけてチケツト制等の拒否をしようようし得る立場にはあるのであり、各組合においてこれに従いチケツト拒否等を決定すれば、その構成員をしてチケツト拒否等の態度に出でしめることとなるので、全然無関係で何等の影響力なしとすることはできない。これを要するに、叙上のような事実関係にある被告人等の本件所為は特殊利害関係利用威迫罪に該ることが明らかであるから、原判決が本件を公職選挙法第二百二十五条第三号違反罪に問擬したのは相当であり、論旨は理由がない。

論旨は次に、原判決には理由不備又は理由くいちがいの違法があると主張する。

所論は専ら坂本弁護人の主張するところであるが、

(1)原判決は、被告人等が選挙人である出水節三外五十八名を特殊の利害関係を利用して威した旨認定しているが、原判決の判文によると、被告人等の行為の対象は中政連八代支部としか読まれない。即ち、被告人等が頒布したビラの内容は、被告人等は中政連八代支部の行為を不満であるとしてこれを改めさせる目的を以て中政連八代支部に対し同支部が現在の敵対行為を改めない限り左の諸点について警告する、という意味にしかとれない。しかるに原判決は中政連八代支部はけしからん、その行為を改めさせるため出水節三等に警告する、という風に解釈している。これでは不満の対象と、行為を改めさせるという対象とが全く異ることになり論理的に矛盾している、というのである。

しかし原判決の判文をよく読んで見ると、所論の点につき何等矛盾はないことが明らかであるので、論旨はいわれがない。

(2)  次に、所論は、本件ビラに掲げられた四項目の内第二項は、「特に貴方幹部商店に対しては、今後の協力関係を停止する、」というのであるから、本項は幹部商店に対するものであつて、それ以外の一般商店に対するものでないことが明らかである。しかるに原判決は威迫されたと称する出水節三外五十八名につき何等幹部である旨判断していない。右は理由くらいちがいに当る、というのである。

按ずるに、所論第二項が中政連八代支部幹部の商店に対するものであり、原判決が出水節三外五十八名につきその幹部であるか否か明らかにしていないことは所論のとおりであるが、原判決は必ずしもビラの一項々々をとらえて各別に特殊利害関係の有無を判定しているのではなく、ビラの文言全部を一体として見、かかる内容のビラを頒布したことが、チケツト制、組合指定等による購買関係という特殊利害関係を利用した威迫行為に該る旨判示していることが明らかであつて、右認定は相当であり、原判決には所論のような理由くいちがいの違法は存しない。論旨もいわれがない。

(3)  更に所論は、ビラの第一項のチケツト制度につき、日本社会党八代支部及び八代地区労はチケツト使用関係につき局外者であるから、これを存続させたり停止させたりすることは不可能である。又チケツト販売制度は購買者に対する恩恵的制度で、これを拒否することは購買者にとつて不利益であるが、商店側にはとりたてて不利益とはならないので経済的な不安感を生ぜしめるものではない。従つてこれを威迫行為と認定した原判決には理由くいちがいがある、というのである。

しかし既に前段説示のとおりいわゆる特殊利害関係は、これを利用する者においてその内容を実現する権能を有することを要しないものであり、且つ被告人等はこれと全然無関係ではなく、所論も認めているとおり、チケツト利用者に対し少くともチケツト拒否を呼びかけ得る関係にあるものであり、又チケツト制度は、単に購買者に一方的利益を与えるものでなく、出水節三外五十八名にとつて特殊の利害関係に当るもので、その拒否は同人等に不安困惑を生ぜしめるに足るものであるから、原判決には所論のような理由くいちがいは存せず、論旨もいわれがない。

(4)  又所論は、原判決は本件ビラを頒布した旨認定しているが、その頒布が如何なる行為によつて何人により為されたかを明らかにせず、即ち頒布行為を判示していない。右は判決に理由を附さないか、理由くいちがいの違法に当る、というのである。

原判決が本件ビラを如何なる方法により頒布したか判示していないことは所論のとおりであるが、本件は頒布行為を犯罪の内容とするものではないから、必ずしも所論のいわゆる頒布行為を判示すべき必要はなく、且つ原判決を挙示の証拠と対照して読むと、本件ビラは被告人等が竹島勇等と共謀の上出水節三方外五十八戸にそれぞれ配布して頒布した趣旨であることが明らかであるので、これを理由を附せず又は理由くいちがいの違法というのは当らない。論旨は理由とならない。

(5)  なお所論は、原判決は威迫の対象たる者を出水節三外五十八名と認定しているが、原判決では出水節三以外の誰がその対象となつているか明らかでない。従つて原判決には理由を附さないか理由くいちがいの違法がある、というである。

しかし原判決は、別表記載のとおり出水節三方外五十八戸に頒布し、以て出水節三外五十八名を威迫した旨判示しているのであるから、いわゆる威迫の対象は、別表記載の出水節三外五十八名の趣旨であることが明らかであり、これを出水節三以外の五十八名が誰であるか特定していないものとするのは当らない。従つて原判決には所論のような理由を附せず又は理由くいちがいの違法は全然存せず、論旨もいわれがない。

坂本、諫山両弁護人連名の控訴趣意第二点について。

論旨は、本件ビラの内容の要旨は、中政連八代支部の選挙方針に対する批判であり、その四項目は中政連八代支部幹部への警告として列記されているに過ぎない。しかも四項目は被告人等の力で容易に実現し得る性質のものでなく、仮に実現し得るとしても、その内容は何等違法性を伴わない事ばかりである。かかるビラが頒布されたからと言つて選挙の公正に対し明白にして現在の危険はないから本件ビラを違法視して処罰の対象とすることは憲法第二十一条第一項の言論の自由の保障に違反することとなる。結局原判決は憲法第二十一条第一項の解釈を誤つている、というのである。(なお中村被告人の控訴趣意中にも同趣旨の論旨が含まれている。)

按ずるに、所論は、原判決の認定するところと異る事実を設定し、これに立脚して原判決を非難するものであるから理由とならないこと明らかである。而してこの点に関する原判決の説示は相当であり原判決は何等憲法第二十一条第一項に違反するものではない。従つて論旨は採用できない。

坂本弁護人控訴趣意第二点、坂本、諫山両弁護人連名の同趣意第三点及び検察官の同趣意について。

論旨はいずれも量刑不当を主張するものであつて、弁護人等は原判決の刑は重すぎるといい、検察官は軽すぎる、というのである。

記録によつて窺われる一切の情状を綜合して考量すると、原判決の刑の量定を以てあながち、不当とすべきものとは思われない。又被告人等に対し公職選挙法第二百五十二条第三項を適用し、同条第一項の選挙権及び被選挙権を有しない旨の規定を適用しないこととしているのも、失当というには当らない。論旨はいずれも理由がない。

よつて刑事訴訟法第三百九十六条により本件各控訴を棄却することとし、なお当審における訴訟費用の負担につき同法第百八十一条第一項本文、第百八十二条を適用し主文のとおり判決する。検察官国原一夫出席。

(裁判長裁判官 青木亮忠 裁判官 木下春雄 内田八朔)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例